ハワイのこと、いろいろ
by kalookekai
PROFILE
2005年5月から2006年8月まで、縁あってハワイ島に住む。帰国後、2008年7月からフラとレイメイキングを習いはじめる。そんな40男の徒然なる日記。
新しい年に
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いろいろなことがあった去年一年。
このブログを始めたこともそのひとつで、年末忙しくてちょっと間があきましたが、なんとか続けることができました。振り返ってみれば、けっこういろいろなことに挑戦したし、いろいろな出会いもあった年でした。しかしそれもこれも、まわりの誰かにみちびかれてのことだったような気がします。そんなひとたちと、このブログを読んでくださったみなさんに、ここで感謝を申し上げたい。
ほんとうに、ありがとうございました。
さて、今年もまた、いろいろなことに挑戦します(たぶん)。
ご指導、ご鞭撻、ご声援、お見守りなど、大歓迎です。いつでもお待ちしています。
今年も一年、何卒よろしくお願いします。

写真はことしのレイつくり初め。
女房がクリスマスのリース用に買ったヒムロスギと山帰来の実の残り、UMAHANAスクールで使ったレイ材料の残り(残りものばかりですね)のシンビジュームとロベの実でつくったウィリスタイルのレイ。お正月っぽくつくりたかったけれど、どちらかというとやっぱりクリスマスっぽいような…。
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# by kalookekai | 2010-01-03 22:44
一歩、一歩
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嵯峨菊のレイのことを先に書いたけれど、UMAHANAレイメイキングスクール、アドバンスクラスふたつめのテーマは、花を編みこんだティ・リーフのハク・レイ(ひとつめは前に書いたパラパライだけのハク・レイ)。

UMAHANA先生のところでレイメイキングを習いはじめて1年あまり、そのあいだに何本のレイをつくっただろうか。何十本もつくった訳ではなく、月一回のレッスンで1本(だいたいは完成しないので家にもって帰ってつづきをつくる)、それに加えて自分で練習したり、誰かにあげるためにつくったりを何度かした程度。だが、継続は力なり、少しずつだけれどレイづくりにも慣れてきて、最初の頃ほどいちいち迷わなくなったし、気をつけるべきポイントも徐々にわかってきたように思う。つくるレイのかたちも、整ってきたような…(自画自賛ですが)。
写真は教室でつくったあじさいの一種(グリーンアナベルという名)、スプレー菊(ピンク)、嵯峨菊(黄)のハク・レイ。花の土台部分にはパラパライを使用。パラパライを入れると、その先が飛びだす感じになって可愛らしい。あじさいのうす緑色もお気にいりの一本。

まだまだ1年余。もっともっと素敵なレイがつくれるよう一歩一歩努力しないといけませんね。
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# by kalookekai | 2009-11-23 21:52
秋には秋の
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杜鵑草、吾亦紅、芒、秋明菊、紫式部。そしてさまざまに色づいた木々の葉。
春には春の花があるように、秋には秋の花があり、草木がある。

という訳で、10月の(スミマセン、10月の話です…)UMAHANAスクールのレッスンは、黄色の嵯峨菊と赤く色づいたモミジの葉でつくるハク・レイ。
以前にも書いたが、UMAHANA先生は日本でレイをつくるなら日本の花を、それも季節の花を使うことを大切にしたいとおっしゃる。今回の嵯峨菊は先生が気に入って、わざわざ四国香川の産地を訪ね、生産の現場を見てきたという思い入れのこもったもの。ただし、嵯峨菊は出荷期間が短いためタイミングがあわず、じっさいにレッスンで使ったのは群馬県産(残念!)。モミジの葉は福島県の山で採取されたものだそう。

嵯峨菊はレイに編みこむとまるで黄色いレフアの花のよう(レフアはオヒアの木に咲く花。火の女神ペレの象徴としてしばしばレイに使われ、赤い花と黄色の花がある)。
教室でつくったものは写真がよくなかったので、上はあとからつくった嵯峨菊とアイビーのレイ・クペエ。顔を近づけるとほんのりと菊の香りがする。

ささやかな秋を感じていただけたでしょうか。
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# by kalookekai | 2009-11-15 22:25
HAPA!
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HAPA(ハパ)という二人組をご存知だろうか。

ニュージャージー出身のバリー・フラナガンとハワイ出身のケリイ・カネアリイというふたりのミュージシャンによって結成されたデュオで、1993年のデビューアルバム「HAPA」で優秀なハワイ音楽に与えられるナー・ホークー・ハノハノ(栄誉ある星の意)賞を獲得、25万枚を売り上げた。
HAPAについて語られるあるできごとがある。
彼らは1993年1月13日、ホノルルのアロハ・スタジアムでおこなわれた全米大学選抜のフットボール試合のハーフタイムに登場し、アイルランドのバンドU2の曲「Pride(In the Name of Love)」を演奏した。この曲はU2のボノがホノルル滞在時にマーチン・ルーサー・キング牧師を讃えてつくった歌。そしてこの日はまさにちょうど百年前、白人による政権が樹立され、ハワイ王朝が終焉した日だった。彼らは、ハワイアンたちの過去のこの出来事に対する抗議の気持ちと、ネイティブ・ハワイアンの権利回復への思いを、キング牧師のおこなった黒人の権利回復活動に託して歌ったのだ。このとき、チャールズ・カウプが曲に合わせてチャンティングをし、クムフラ、ヘアラニ・ユンがフラを踊った。それ以来「Pride(In the Name of Love)」は彼らの代表曲のひとつとなっている。

このHAPAは、数年前に女房の友人K子ちゃんに教えてもらって以来、わが家のハワイアン・ミュージックの定番のひとつ。メンバーはケリイからネイサン・アウェアウにかわったが、彼らのつくる音楽はあいかわらず素晴らしい。

さて、前置きが長くなったが、渋谷のオーチャードホールで開かれた、そのHAPAのコンサートにいってきた。
一昨年の公演では日本のおばちゃんフラダンサーたちが次から次へと舞台に登場して面くらったが、今回は若くて美しいハワイアンのダンサーが3人(ひとりは今年のミスハワイだとのこと)で、ハワイらしくてよい雰囲気だった。(そう、HAPAのコンサートにはフラがつきものなのだ。)
コンサートは、ギター少年がそのまま大人になったような根っからのギタリスト、バリーがあらゆるテクニックを駆使してギターを弾きまくり、うつくしい歌声のネイサンはどちらかというと淡々と歌い続けるというのがパターン。バリーはがんばりすぎて疲れるのか、しばしばネイサンにまかせて「休憩」してしまう(休憩中の彼は愛用のギターを拭いたり、チューニングをしなおしたりしている)が、これもご愛嬌だ。ハワイ的というべきか、盛り上がっていても関係なく、あっさり途中休憩が入ってしまうのも前回と同じである。
それでも定番曲を中心にステージは約2時間半にもわたり、じゅうぶんに彼らの音楽とフラを満喫した。
今回おもしろかったのは、彼らの曲「Ku’u Lei Awapuhi」に日本語詞がつけられていたこと。そしてその詞はなんと万葉集の柿本人麻呂の歌であった。ほんのワンフレーズであやうく聞き逃しそうだったが、古語の詞はハワイアンのメロディによくあっていた。誰のアイデアか知らないが、万葉集だというところがよい。万葉集のもつ古代的なおおらかさ、簡潔さが、ハワイ的なものとの共通性を感じさせるのだ。
最後にバリーがアンコールで歌ったのは、日本の七夕の物語に触発されてつくったというこちらは完全日本語詞の歌「River of Heaven」。不正確だが、歌詞はこんなふうだった。

きみを わすれない
それぞれが すすんだ道が
いつの日か ひとつになるまで
きみを わすれない

シンプルで、よいではないか。
バリーは、すこし日本語を勉強しているとのこと。素敵な贈り物である。
来年もまた彼らの歌がきけるといいなあ。

[data]
Pride(In the Name of Love)はアルバム「In the Name of Love」に収録。
Ku'u Lei Awapuhiはデビューアルバム「HAPA」に、日本語詞の入ったものはアルバム「HULA MAI!」に収録。
参考文献:「ハワイの歴史と文化」矢口祐人著 中公新書 2002年

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# by kalookekai | 2009-11-14 22:43
マリーさんの本
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間接的にではあるけれど、私がレイメーキングをはじめるきっかけをつくってくれたハワイ島のレイメーカー、マリー・マクドナルドさん。
以前に彼女の本「Ka Lei」を紹介したが、彼女の著書のうちのもう一冊がこの「Na Lei Makamae」だ。

前々回「ハワイの香り」でハワイの植物について書いたが、この本には、レイに使われるハワイの植物が数多く紹介されている。
マリーさんと共同執筆者である植物学者のポール・ワイシック氏は、ハワイで古来レイの材料として使われてきた植物を文献や伝承をもとに選びだし、言葉でしか伝わっていなかった植物を特定し、ハワイ各所でそれらの植物を採取してマリーさんがレイをつくり、現地の人たちをモデルにして撮影をしたのだという。さらに、クムフラ、プアラニ・カナカオレ・カナヘレが、それぞれの植物を詠んだチャントを書き下ろしたものが添えられている。
この本のよいところはマリーさんのつくったレイをたくさん見ることができるところ。ところどころに拡大写真も挿入されているので、細部までじっくりながめるにはもってこいである。そしてふだんはなかなか目にすることができない珍しい植物もたくさん掲載されていて、それらを見るのもまた楽しく興味深い。個人的にはやっぱり「Ka Lei」のほうが好きなのだが、この本もまたマリーさんの情熱が注がれた素晴らしい本であることは間違いない。

ところで私の手元にあるこの本の扉には、著者マリー・マクドナルドさんのサインがある。わが家の宝物なのだ。そしてここにサインが書かれたいきさつについての話は、また別の機会に書きたいと思う。

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[data]
Na Lei Makamae
Marie A. McDonald、Paul R. Weissich著
University of Hawai'i Press刊
199ページ

今年始めに日本語版も刊行された。
「愛しのレイ」
イカロス出版 丸子あゆみ訳 192ページ

この記事を書くにあたっては、雑誌「素敵なフラスタイル」25号の記事「レイとフラと神話の本当の話」を参考にした。

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# by kalookekai | 2009-11-14 03:46
偉人の死
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フラにかかわる人で、アンクル・ジョージ・ナオペの名を知らない人はおそらくいないのではなかろうか。
私が仕事でハワイ島へ渡ったのが2005年。そこでフラを知ってからわずか4年ほどしかたたないが、その短いあいだにアンクル・ジョージの名をいったい何度聞いたことだろう。

私は彼の功績について多くを知らないが、それでも彼は、あの素晴らしいフラの祭典、メリー・モナーク・フェスティバルの創始者であり、あるいは女房のハワイ島でのクムのそのまたクムであり、CDで何度も聞いたハワイアン・ソングのつくり手でありまた歌い手であり、しばしば語られるハワイ文化復興の指導者であり、その独特のいでたち(派手なスーツにハット、あらゆる指にはめられた色とりどりの巨大な指輪)がいちど見たら忘れられない印象を残すひとりの人物でありと、じつにさまざまなイメージを私のなかに形づくっている。

そんなアンクル・ジョージが先月26日に81歳で亡くなった。先週末にはヒロのAfook-Chinen Civic Auditoriumでメモリアル・サービス(お別れの会、といったところか)が盛大に行なわれたという。
ひとつの伝説が終わりを告げたかに見えるが、彼の播いた種は、ハワイからはるか離れたアジアの島国の中年のオヤジにまでもその枝を届かせたといえる。何故ならこんな私でさえ、彼の死の知らせを単なるニュースとして、こころ動かされることなく聞き流すことはできなかったのだから。

心からご冥福をお祈りする。

[data]
上の写真は、アンクル・ジョージの呼びかけでつくられた雑誌「Humu Mo'olelo」第1号の表紙。
アンクル・ジョージの活動歴、弟子が語るアンクル、初期のメリー・モナーク・フェスティバルについて、チャントやメレの読解と記事は盛りだくさん。
季刊と称されているが、残念ながら以降の号は発行されていない模様だ。

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# by kalookekai | 2009-11-10 00:36
ハワイの香り
ハワイでレイメーキングを始めて、意識するようになったこと、それはレイの材料になるハワイの植物がもつ、個性ゆたかな香りだ。

私がまず思い出すのは、ポーヒナヒナPohinahina。
海辺や比較的荒れた土地でも地面をおおうように育つ植物で、丸みをおびたくすんだ緑色の葉と小さな紫色の花をもつ。葉がしっかりしていてしおれにくいのと、小さな花が可愛らしいのでよくレイに使った。香りがあるのはその葉。さわるとローズマリーに似たスパイシーな香りがするので、道端に生えているのを見ると思わずさわって匂いをかぎたくなる。これでレイをつくっていると、その香りで心が落ち着いてくる。
ハワイではいたるところで見かけるラウアエ・ファーンLaua’e Fern。
シダの一種で、木のあしもとや広い範囲の緑化によく用いられる。ハワイアン柄の生地などにもそのモチーフとしてしばしば登場するので、姿を見れば、ああこれかと思われる方も多いと思う。あまりにもポピュラーなので気にもとめていなかったが、あるときレイに使おうと思って摘んでみたら、意外にも甘い香りにおどろいた。それ以来このシダのことがちょっと好きになった。
甘い香りといえばやはりマイレMaileだろう。マイレはその葉をレイにする。レイのなかでもマイレのレイは特別なもので、ふだんはなかなか目にすることがないが、その香りは一度かいだら忘れられないものだ。日本へもどる送別会で、生まれて初めてマイレ・レイを掛けてもらったときには、その香りにつつまれてとても嬉しかったのをよくおぼえている。そしてそのレイはすっかり乾燥していまでも我が家にあるが、いまだに甘い香りを発しつづけている。

花にもよい香りのものがたくさんある。
初めてじぶんで買ったレイにはチューブローズTube Roseの花が使われていた。女房がハワイに来る日、空港の売店でレイを買い、そこに編みこまれている白くてよい香りの花の名前を尋ねると「チュバロー」だと言われた。それが「チューブローズ」だとわかったのはずいぶん後のこと。最近はこの小ぶりな白い花を日本でも見かけるようになった。
プルメリアPlumeriaのレイは何度もつくったり、もらったりした。つくるときは朝早く起きて、街路樹のプルメリアを摘みにいったものだ。(ほかにもそんな人はたくさん見かけましたが、おそらく違法行為です。みなさん真似なさらないように。)レイの材料としてはあまりにもありきたりだが、その素晴らしい香りを胸に吸い込む瞬間の心地よさを思うと、プルメリアがレイに使われつづける理由がわかるような気がする。

ハワイにはこのほかにも、よい香りをもつ植物がまだまだたくさんある。そしてそれぞれの植物にそれにまつわる記憶がある。
香りはときに記憶を強く呼び覚ます。日本や旅先のハワイでそんな香りをふとかぐと、その素敵な香りにすこし幸せな気持ちになると同時に、その花や葉にまつわる思い出を、心に思い浮かべたりするのである。

みなさんにもそんな香りにまつわる思い出がありませんか。
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# by kalookekai | 2009-10-24 00:33
メーデーはレイデー
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ハワイでは、5月が近づくとあちこちでこんな言葉を目にするようになる。
「May Day is Lei Day」
そう、5月1日はレイの日なのだ。
この日はホノルルで大規模なレイコンテストが開かれるほか、私の住んでいたハワイ島でも大小さまざまなレイコンテストが行なわれていた。ご多分に漏れず、私の勤めていた職場でもレイコンテストが開催されるというので、当時レイメイキングを習いはじめていた私も挑戦してみることにした。

コンテストなのでほかの人との差別化がだいじだと考えた私は、悩んだ末、緑一色でレイをつくることにした。何にせよシンプルなものが好きなので色は単色にしたい、好きなパラパライ(シダ)を入れたいし他人と違うものをつくるならあえて花は使わず緑色で、という思考過程である。
さいわい、職場の敷地内にはいろんな種類の植物が植えられていたので、許可を得てそのなかから材料を調達することにした。歩きまわって使えそうなものを探すのはなかなか楽しい作業だが、できあがってみるまではうまくできるのか不安だ。組み合わせを想像しながら、そして変化を出すためになるべくたくさんの種類をと思い、けっきょく5、6種類ほどの植物の葉や実を集めた。
家に帰ってそれらの材料を見ながら組み合わせ方や順序を考え、試しに短いものをつくってみて納得がいったところで本格的につくる。そうしてできあがったのが写真のレイ。結果は初心者オリジナル部門賞受賞!(ただし応募総数はかなり少なめ。)

はじめて自分で考えて作ったこのレイ。それまでとはまた違ったレイづくりの楽しさを知ったのだった。
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# by kalookekai | 2009-10-18 01:04
フラをはじめる人に
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その可愛らしい装幀からは想像できないくらい、ちゃんとした内容の素晴らしい本。

タイトルのとおり、これからフラを始めようという人のための入門書である。文章はやさしく、イラストなどもまじえてとても読みやすい。初心者がいだく疑問にひとつひとつこたえるような構成になっているので、読みすすむうち誰にでも自然にフラのことがわかってくるしくみだ。
けれどそれ以上にこの本のいいところはそのゆきとどいた内容なのだ。中級者や上級者にもじゅうぶんに読みごたえがあると思える幅広い内容が、あくまでわかりやすく書かれている。レッスンではどんなことをするのか、フラのファッションの楽しみ、といった身近な話題からはじまって、フラの歴史やハワイの文化とのかかわりといった文化的な背景から、発表会に出るのにどのくらいお金がかかるのかといった現実的な話題まで、多くの情報がじつにバランスよく、的確かつコンパクトに述べられているのだ。
筆者の記述が一貫して中立的かつ客観的で、決めつけるような表現がまったくないのにも非常に好感がもてる。フラの入門書としては抜群にすぐれた一冊といっていいと思う。

これからフラを始めようというひと、フラを始めたばかりのあなたにぜひともおすすめしたい一冊です。
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# by kalookekai | 2009-10-04 02:31
Ke Anu O Waimea
寒きワイメアで


我ワイメアの美しきを見る
キプウプウ(※1)降り
強き風
我が身を震わす
山の寒さよ

降りしきる雨に包まれ
朝目覚むれば
幽けき花の香
アヴァプヒ(※2)の花の香りよ

君しかと霧に包まれ
高みなる名高き山は
カネホア(※3)の丘
幾度も我らを慈しみ給う

カムエラ(※4)はいと美し
我が口づけすなるその
黄色きレフアの花のレイ
褪せることなく美しき

いま一度
この地麗し
いと美しき我が住まい
朝(あした)には寒しワイメア

ワイメアよ いと美し

※ 1 ワイメアに降る冷たい風雨の名
※ 2 ジンジャー(ショウガ)
※ 3 ワイメアにある丘の名
※ 4 ワイメアの別称


ずいぶん前に「次回はこの曲のことを」などと書いたきり、ほったらかしにしておりました。たまにはハワイのことを書こうかなと思ったらそのことを思い出したので、ここで書いてみることにします。

上は私訳=試訳。見るたびごとに「こう訳したらいいのでは」と思う言葉が違うので、とりあえず現時点のものです。最初にこの曲を聴いたとき、そのゆったりとした曲調からてっきり古い曲だと思い込んでしまったせいでこんな訳になったのですが、じっさいはNa PalapalaiのKuana Torresがつくった曲で、2005年の彼らのアルバム「Makani ‘Olu ‘Olu」に収録されています。訳したときは完全に明治・大正時代の叙情詩もしくは唱歌をイメージしてたんですけどね。あくまで自分では、ってことですけれど。でも出来上がってみると、この七五調がハワイアンミュージックにあっている気がして、そのままにしておくことにしました。
「フラレア」25号にこの曲が紹介されており、その解説によると、この曲はKuanaが自分のおばあちゃんに捧げたもので、ワイメアでのおばあちゃんとおじいちゃんの初恋の日々を歌ったものなのだそうです。

さて、そのワイメアですが、歌にあるとおり美しいところです。
ハワイ島北部に位置する小さな街で、比較的雨が多く、そのせいで小高い山の連なりの麓は一面緑の草におおわれています。そこに瀟洒な家々が点在し、洒落たレストランやアンティークショップが軒を連ねる素敵な街です。標高が高いために気温もあまり高くなく、過ごしやすいのもよいところです。そういえば、そういった諸々のことがステータスを感じさせるのか、ハワイで私が働いていた会社のエグゼクティブ(アメリカ人)たちはみんな、雑然としたコナなんかには住まず、ワイメアに住んでいたなあ。

ワイメアでは毎年3月に「桜祭り」が開かれます。
ごく短いけれど桜並木があり(といってもソメイヨシノではなく、こいピンク色の花が咲く)、その開花にあわせて行なわれるお祭りで、出店がでたり餅つき(やはり桜=日本のイメージなのか)などのイベントが行われたりします。われわれ夫婦もハワイ滞在中の2006年、このお祭りに行ってみたのですが…。
その寒かったこと!まったく疑いをもたずにいつもの半袖シャツに短パンという格好で車を降りた私は、あまりの空気の冷たさにびっくり。なんでハワイなのにこんなに寒いの…?そう、さっきは「標高が高いために気温もあまり高くなく、過ごしやすい」と書きましたが、その標高の高さゆえ、気温は長袖を重ね着しないと凍えるくらいに低くなることがしばしばあるのです(ということがわかったのは、のちのちのことでした)。寒くて祭りを楽しむどころではなく、結局私はそこで上着を買うはめになってしまいました。

Ke Anu O Waimea(ワイメアの寒さ)はまぎれもない事実だった、というお話でした。

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この歌のハワイ語歌詞はこちら↓などでご覧ください。
http://www.tropicalstormhawaii.com/cgi-bin/view.cgi?pid=song&song=hm/ke_anu_o_waimea.txt

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# by kalookekai | 2009-09-29 00:49
レイを贈る
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チャンティングのレッスンでお世話になったカヴェナ先生。
そのカヴェナ先生のハーラウのホーイケがあると聞いて、連休の日曜日に女房と出掛けた。
会場はJR大船駅近くの鎌倉芸術館。千人以上が入る大きなホールだ。

じつは今回われわれが目当てとするものがあった。
それはゲストとしてやってくるフランク・ヒューエットさんと娘のウラさんにレイをプレゼントすること。
(カヴェナ先生ごめんなさい。もちろんそれだけが目的ではありません。)

今回のホーイケ、正確にはカヴェナ先生の奥様のハーラウの10周年記念ホーイケに、カヴェナ先生のハーラウが客演する形になっている。フランクさんはカヴェナ先生の師でもあり、奥様にとっても先生にあたるのだ。

さて、上記の目的のため、前夜は夫婦ふたりで深夜までレイづくり。
女房がフランクさんに、私がウラさんにあげようと決め、材料は各自事前に調達しておいた。女房は紫と白、私は黄色の小菊をそれぞれアイビーと組み合わせて、ティのクイ(三つ編み)スタイルで作成(上の写真)。エピリカコウでへとへと(前日のブログ参照)だけど、そんなことは言っていられない。ホーイケ当日の午前中はいつものカルチャーのフラレッスンがあるから夜のうちに完成させないとダメで、やっとの思いでなんとか仕上げた。

当日。
ホーイケは4部構成の非常に立派なもので、とても見ごたえがあった。
カヒコで使うイプへケなどの楽器類、大勢いる踊り手がつけるレイはすべて、カヴェナ先生の指導のもと参加者たちがじぶんでつくったのだという。素晴らしいことだ。

そして、本日の収穫。

カヴェナ先生のフラを初めて見た。師匠ゆずりのゆったりと滑らかでかつ正確な動き。いいなあ。

カヴェナ先生のハーラウのフラ、とくにカネ(男性)ダンサーの踊りが見られた。年齢的にも近い(近そうな?)人が多く、親近感を覚える。みなさん初めての舞台らしく、すごく緊張しているのが伝わってきて微笑ましかった(失礼)。

飛び入りでなんと、あの小浜(おばま)ガールズが登場。息のあったカヘアが素晴らしい。見ればカネすなわちおばまボーイズもひとり混じっているではないか。こんなところで見られるとは思わなかったのでびっくり。

さらに同じく飛び入りで、クムフラ、チンキー・マーホエが男性ダンサー4人を連れて登場!チンキーさんはカヴェナ先生がフランクさんに弟子入りする前の師にあたり、ちょうど別のイベントで来日中のところ、カヴェナ先生のホーイケのことを聞いてお祝いに駆けつけたのだという。そして彼らが披露してくれた曲は2曲。2曲ともコミカルなフラで、1曲目は魚の食べ方をあらわしたもの。フランクさんの曲「Halalu」と別の一曲を組み合わせた「魚に唐辛子をつけて食べたらアッチッチ」みたいな感じの歌。ダンサーの顔の表情が豊かでおもしろい。もう1曲はスポーツをあらわしたフラで、野球やら、バレーボールやら、バスケやフットボールなどいろんなスポーツの動きが組み込まれた珍しいもの。これまた可笑しく、おおいに盛り上がった。アンコールでもう1曲やってくれたKa Uluwehi O Ke Kaiにいたっては、チンキーさん自身も踊りに参加、さらにはカヴェナ先生も出てきて一緒に踊るという豪華さで、われわれも含め、観客は大よろこびだった。

フランクさんのフラ、今回はたっぷりと見ることができた。席も比較的舞台に近かったので、指先の動き、視線の動き、繊細な動きと力強い動きの組み合わせなど、じっくり観察して堪能した。

そして、この日最大の?イベントはというと…。
カヴェナ先生の許しを得て楽屋に入り、無事女房はフランクさんに、私はウラさんに、レイを渡すことができました!ウラさんは笑顔でハグしてくれましたよ。よかったあ。緊張したけど、昨夜の苦労が報われました。
カヴェナ先生、ありがとうございました!
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# by kalookekai | 2009-09-25 06:53
はじめての挑戦(後編)ー惨敗
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エドさん
「最近はいろいろに演出するようなフラが増えてきていますが、今日はとてもトラディショナルなフラをお教えしたいと思います」
なるほど。初心者の私にぴったりな課題ですね。

「このチャントKalakauaは、He Inoa No Kalakaua(カラカウア王の名前をたたえるチャントの意)などとも呼ばれていますが、数年前に映画「Lilo and Stitch」のなかの「リロの歌」として有名になりました。みなさんご存知ですか」
ええ、もちろん知っています。好きな歌なので何度も聞きました。

「それでは早速始めましょう。まずは手をこのように上に伸ばし、「槍」のポーズでカヘア(最初の掛け声)から」
このようにしてエドさんのレッスンがはじまった。エドさんが振りを見せてくれ、それと同じようにわれわれ生徒が踊る。

「このチャントでは1番から6番まで、ステップはずっと同じです。変わるのは手の振りだけです」
よかった。それならなんとかできるかも。

「最初は左向きのkalakaua(前後のステップ)、次は右足を踏み、蹴り上げるようにして、uwehe(膝をつき出すステップ)です」
これはやったことのないステップだな。あれ、けっこうむずかしいかも。ほかのひとたちは難なくやっているように見えるけど。

「次は手をつけてやってみましょう。最初はこう、前から横に、次にpua=花、最後はla=太陽です」
手の振りがついた途端にむずかしく感じる。はじめてのステップがどうしてもうまくできず、ステップを意識しすぎると手のほうがおろそかになる。まわりを見ると、部分的に振りを間違う人は何人かいるものの、全員がきちんと揃って踊っている。
1番2番が終わったところで5分間ノートをとる時間が与えられ、いま習った動きを必死に思い出しながらメモする。終わるとすぐに3番のレッスンだ。

2番まではなんとかついていけたものの、3番、4番と進むと次第に頭が混乱し、振りが入り混じってきてあやしくなり、エドさんがしてくれる歌詞の意味の解説を聞く余裕もなくなって、頭の中はいま習ったばかりの振りを忘れまいというそのことだけで一杯になってきた。
エドさんは笑顔で「みなさん視線がそろっていませんよ。ここは視線をちゃんと前に向けてくださいね。これがメリーモナークの予選だったら失格になってしまいますよ!」と冗談めかしておっしゃる。ここでみんなは笑っているが、私はそれどころではない。ムリです!先生。振りを覚えるのに精一杯なのに、視線の動きなんかに気を配っている余裕はこれっぽっちもありません!

3番4番が終わったあと、ノートをとろうとするが、すでにどうしても振りがはっきりと思い出せない部分がある。5番6番になると完全に頭に血がのぼって体が動かなくなり、最後はついに棒立ちになってしまった。しかもせっかく最後列に陣取っていたのに、エドさんが一列ずつ前に動かしはじめたせいでその棒立ちのところを後ろからみんなに見られてしまう始末。はい、ほんとうに恥ずかしかったです。(じっさいはおじさんの一参加者のことなど誰も注目していなかったと思うけれど、そのときはそんなことを考える余裕もありませんでした。)

苦しみはこれで終わらなかった。夜のホーイケでこれを踊らないといけないのだ。
仕方なく、練習しましたよ。ホーイケが始まるまでの約3時間、ホテルでやると恥ずかしいので東京国際フォーラムの広場の片隅でなるべく目立たないように。あまりにもつらくて、何度もやめて帰ろうかと思いましたけど。

そして迎えたホーイケ。クムたちが見守るなか、午前のワークショップを受けた人たちから順に発表。教えたクムも一緒に踊ってくれる。多少の上手下手の差はあれ、みんな楽しそう。クムたちも終始にこやかで、おおいに盛り上がった。
さて、肝心の本番はどうだったかというと…。
完全にぼろぼろでした。3時間の練習がまったく意味をなさず、いちどわからなくなるとあとはもうすっかり集中力をなくしてしまい、ほとんど踊れないままあっという間に本番が終わってしまった。

こうして終わったはじめてのワークショップへの挑戦。ちょっと無謀だったなあというのが正直な感想。
それでもいいことがたくさんあった。

気落ちして、むずかしくて全然ついていけなかったと訴える私に「大丈夫!ただ踊ればいいんだから!」とやさしく言ってくれたエドさんの言葉。ホーイケのあと、また来年挑戦しますというと「きっとおいで」と言ってくれたうえ、嫌がりもせずサインまで書いてくれた(上の写真)。
ワークショップで一緒になったほかの男性参加者と話をし、よそのハーラウの様子を少し感じることができた。ワークショップやホーイケで彼らの踊りを見たことも、おおいに刺激になった。
はじめて本格的なフラカヒコ(古典フラ)を体験し、それがこれまで自分が習ってきたものとずいぶん違うことが身にしみてわかった。フラの世界はまだまだ広い、ということが実感できた。
そしてこのイベント。フラを愛する人が集まって楽しむ、それをハワイのクムたちがサポートするという趣旨のとおり、会場にはつねに楽しげな雰囲気があふれていて、(つらかったけど)とても楽しい一日が過ごせた。そう、やっぱり参加してよかった。

来年、再挑戦します!(たぶん。)今度はちゃんと踊れるように、練習しないとね。
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# by kalookekai | 2009-09-23 22:32
はじめての挑戦(前編)ー嵐の前
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行ってきました。エピリカコウ・ジャパン2009。

「エピリカコウ・ジャパン E Pili Kakou Japan」はハワイから複数のクムフラを招き、ハーラウの垣根をこえてワークショップを行なうというイベント。2日間にわたって行なわれ、ワークショップだけでなく、その成果を披露するホーイケや最終日のパーティなど、フラを愛する人たちが集まって楽しもうという趣旨で始められたのだという。フラをやっている友人が一昨年参加したという話を聞き、いかにも楽しそうだったのと、今年は東京での開催(会場は八重洲富士屋ホテル)だというので気軽に参加してみることにした訳だが、それが大それた行ないであったことが、あとあと明らかになったのであった。

開催日は9月19、20日の土日だったが、20日は別の用事(後述)があったので、19日だけ参加することにした。この日は開会式のあと午前1回午後2回、計3回のワークショップがあり(各回複数のワークショップがあって、自分の好きなクムフラのクラスを選べるようになっている)、夜のホーイケで一日が終わるというスケジュール。私は午後一番のエド・コリアーさんのカヒコのワークショップを申し込んだ。雑誌「フラレア」のインタビュー記事でエドさんの人柄には魅かれるものがあったし、習うなら基本のカヒコを習いたいという気持ちがあったからだ。もちろん最大3クラスまで申し込めるのだが、そんなに習ってもおぼえきれる訳がないという読みもあって(これは後から考えると全く正しかったのだが)、ひとクラスだけにしておいた。

さて当日朝9時に会場であるホテルの宴会場に着くと、クムフラたちが集まり、バンドの演奏がされて、いきなりハワイらしい雰囲気。今年やってきたクムフラは、エドさんのほか、ケアラ・チン、ヘアラニ・ユーン、レイモミ・ホーやこのイベントの主催者のひとりであるブレイン・キアなど9名、錚々たる顔ぶれである。彼らの姿を見ただけで急にテンションも上がってきた。やがて開会式がはじまり、参加クムフラの紹介のあと、全員が手をつないでケアラ・チンさんのチャントで開会の祈りをする。祈りが終わると一転バンドの演奏が始まり、クムフラたちが踊りを見せてくれた。これで一気に楽しい雰囲気が高まって開会式が終了した。

ワークショップは午後なので、いちどホテルの外へ出て、お茶を飲みながら待つ。なにしろ初めての経験なので、楽しみというよりは緊張が高まってきて困った。お昼近く、簡単に食事をしたあとホテルに戻って着替え、始まりを待つ。ワークショップ会場(今朝の宴会場)に入って見ていると、男性の参加者が何人かいるようだ。4人お揃いのショートパンツで来ているチームと、同じハーラウの女性らしい人たちと一緒の、ヒップホップ風?ユニークな髪型の若者がひとり。彼らはいったいどんなフラを踊るのかなあ。とても興味をひかれる。男女あわせて参加者は全部で50人くらいか。
しばらく待つとスタッフがやってきて、歌詞の書かれた紙が配られた。今回のチャントは「カラーカウア Kalakaua」だ。カラカウア王のチャントかあ、と思って眺めていると、なんだか歌詞に見覚えがある。よくよく見ると映画「Lilo and Stitch」のテーマ曲「リロの歌 He Mele No Lilo」の歌詞そのものであった。あの曲にオリジナルのチャントがあったことを私は知らなかった。これならなんとなく意味もわかるぞ、と思ってちょっと安心する。そして、エドさんがやってきた。背が高く、笑顔が素敵なひとだ。来年70歳だと紹介されたが、とても若々しい印象。皆が会場中央に整列し(私は目立たないように最後尾についた)、ワークショップがはじまった。(後編に続く)
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# by kalookekai | 2009-09-22 22:17
ティでパラパライを編む
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7月から始まったUMAHANAレイメイキングスクールのアドバンスクラス。
すでに2回が終了したので、その様子を。

アドバンスクラスの最初のテーマはティとパラパライのハク・レイ(三つ編みに編みこむタイプのレイ)。
パラパライは和名イシカグマ。シダの一種で、レイの材料としてハワイでは非常にポピュラーな存在だ。日本ではまだ栽培が軌道にのっていないらしく、教室で使ったのは伊豆諸島の青ヶ島に自生しているのを採取したものだとのこと。じつはこのパラパライ、私にとってとても思い出深い植物だ。なぜなら生まれて初めてつくったレイに使ったのが、このパラパライだったから。
パラパライはとても柔らかいシダで、身につけるとふんわりとやさしい感触だ。葉が細かくわかれていて先が細いので、とても繊細な印象をうける。乾燥に弱く、つねに霧吹きで水を吹きかけてしめらせてやらねばいけないせいで、編むときに手にとるといつもひんやりと冷たく濡れているというイメージがある。その冷たさが心を落ち着かせてくれるのも、私がパラパライを好きな理由のひとつだ。

そんなパラパライを使ってつくるハク・レイ。
ハク・レイのポイントは、いかにしっかりと土台の部分(今回はティ)を編むことができるかにつきる。先生が口をすっぱくして毎回おっしゃるのもそのことだ。編みがゆるかったり、編む力のバランスが悪かったりすると、レイの形が美しくできあがらないし、編みこんだ花や葉が抜け落ちやすくなる。
毎回最初に先生が見本を見せてくれ、それにならってつくっていく。

レイのつくり方はひとそれぞれだ。
ざっくりと、だが力強いレイをつくる人もいれば、繊細で緻密なレイをつくる人もいるが、UMAHANA先生はあきらかに後者だ。これはおそらく先生がレイメイキングを教わったのがマリー・マクドナルドさんだからではないかと、私は思っている。おなじくマリーさんの弟子である私の最初の先生カレオラニも、とてもきちんとしたレイをつくる人だった。そのことを指摘すると「わたしはこうじゃないと気がすまないのよ」とちょっと照れながら言っていたものだ。これは彼女の性分もあろうが、マリーさんは厳しくて、言われたとおりにしないと叩かれた(カレオラニ談)というから、その姿勢がカレオラニに伝えられているのだと思う。UMAHANA先生もまた「いろんなレイがあっていいとおもうけれど、僕の生徒にはやっぱりきちんとしたレイをつくってほしいんだよね」と常々おっしゃっているのである。

さて、今回のレイ、最初こそ編みがやや緩かったが、次第に慣れてわれながらよくできたのではないかと思う。いや、ほんとうはまだまだなのだが、前よりは手が動くようになってきたことは確かだ。
できばえは写真のとおり。みなさんの目には、どう映るでしょうか。

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# by kalookekai | 2009-09-17 23:46
夏の終わり
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昨日、この夏(もう秋の気配ですが)二度目にして最後の舞台を終えました。

場所は有楽町のYホール。今回は、通っているカルチャースクールの、東京およびその近郊に何十もあるフラのクラスの生徒が一堂に会して、日頃のレッスンの成果を発表するというイベント。土曜、日曜の二日間にわたって開かれました。
今回踊ったのは2曲。ケアリイ・レイシェルのチャント曲No Ka Moku Kiakahi Ke AlohaとナーパラパライのゆったりとしたラブソングKe Anu O Waimea。とくに後者は舞台で披露するのは初めて、出番は一日目の大トリの前ということでプレッシャーもそれなりにありましたが、マキコ先生こだわりのV字フォーメーションもうまくいき、横浜のような「事件」も起こらず、なんとか役目を終えることができました。一曲目では最年少中学一年生のRくんも無事デビューを果たしました。

そして今回は友人や知り合いの方々がたくさん見に来てくださいました。フラを見るのは初めて、という人もいて「あの脚がピョコンとするの(筆者注:ウヴェへのことです)は何?」などと聞かれたりもしましたが、おおむね興味を持って見てもらえたようでした。
いつもはこのブログで好き放題書いている私ですが、そういう訳で今日は自分の踊りをたくさんの知人に見られてしまっているため、どうも筆がすすまない訳です。自分で自分を客観的に評価するのは不可能だし、ましてやほめる訳にはいかないし。まあ自分なりにはあまり緊張もせずほぼ思ったように踊れましたし、いつもは辛口の女房も「よかったと思う」と言ってくれたので、今回はそれでよしとしようかと思います。見に来てくださった方々からは、たくさんのあたたかい言葉をいただきました。それらはすべて、明日からの練習の支えになります。こころからお礼を申し上げたいと思います。

来週からは(たぶん)新曲。がんばります。
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# by kalookekai | 2009-09-13 23:37
似たものの話(後編)
茶の湯とフラは似ていると思う。

茶の湯の本来の姿は一杯の茶を喫すること、すなわちただ「茶を飲むこと」だが、約四百年前、千利休によってその「茶を飲む」という行為に、思想と形式が与えられた。「点前」という所作のきまりがつくられ、茶室や茶道具に新しい価値観が与えられ、それらがその後の茶の湯という文化の礎となった。利休以後現在に至るまで、さまざまな人物、思想が登場し、さまざまな価値観がつくられ、既存のものに付与されあるいは切り捨てられて、いまわれわれが「茶の湯」あるいは「茶道」と呼んでいる壮大な文化の体系ができあがった。
同じようにフラも本来、文字をもたないハワイ文化において物語を伝え、感情を表現するための一手段に過ぎなかったであろう。それが数百年のあいだに信仰だとか、音楽だとか、植物や貝など自然物を利用した装身具=レイづくりなどといったさまざまなものと結びついて総合的な文化の体系になった。

ただ「茶を飲む」ことを楽しめばよいという意味で、茶の湯は万人に開かれている。一方で四百年かかって形成された「茶の湯」の体系はどこまでも奥深く幅広く、つきつめるに限りがない。
フラも同じだ。フラという文化の体系はやはり広大深奥であって、いくらでも掘り下げることが可能だ。その意味で、フラを「極める」ことはおそらく不可能だろう。しかし一方で、ただ身振り手振りで「何かを伝える」「自分の気持ちをあらわす」ことは誰にでもできる。その意味では、フラは万人のものだし、そうでなければならないと思う。

ここで前編の話をすこしだけ思いだしてほしい。
上で書いたようにフラと茶の湯は多くの共通点をもっていると思うのだが、余計なことまで似る必要はないのである。現代茶道の最大の悪弊は家元制度(正確に言うとそれが巨大な集金システムと化していること)だと思うが、フラ、とくに日本のそれはそれと似た方向にすすんでいるように見えなくもない。

フラを愛する、とくに若い人たちに言いたい。
フラの本質と関係のない理由で、あなたがフラを続けることが嫌になってしまうことがあったなら、もういちどフラ本来の姿のことを想像してみてほしい。それはとてもシンプルで、誰を拒絶するものでもないはずだ。それであなたがフラを続けられたとしたら、そしてそういう人がひとりでも増えたとしたら、日本のフラの将来はよりよいものになるだろうと、私はささやかに思っているのです。
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# by kalookekai | 2009-09-07 23:14
似たものの話(前編)
いまは休んでいるが、数年前まで十年以上にわたって茶の湯(茶道)の稽古に通っていた。そのときの話。

稽古は月3回で、月謝が10000円。
毎年正月に初釜と呼ばれる茶会が先生のお宅で開かれ、そのお祝いが10000円。
先生がどこかの茶会で席をもたれれば(ちいさな茶会は、公共のもの、民間のもの、美術館の展覧会やデパートの催し物に付随したもの、その他いろいろなものがしょっちゅう開かれていて、地域のお茶の先生方には、その受けもちが順にまわってくるようになっている)、裏方や点前などにかり出され、逆に先生のお供でそういった茶会に参加すれば、チケットが数千円から10000円程度。
先生のお知り合いが茶事(簡単にいうと、食事つきの茶会)を開かれるというので、先生に連れられて行くと、そのご祝儀が10000から20000円。
そういうとき、先生の勧めで(断りたいが、何度も言われるとなかなか断りづらい)着物を新調することがあり、それが生地代、仕立代で数万円。
稽古を続けていくと、段階が上がるごとに「許状」と呼ばれる免状をもらうのだが、その御礼が毎回10000円程度。さらに段階が上になるほど、御礼の額も上がっていく。
次第に興味が深まって、教室を超えた流派の若手の(といっても50歳以下の人たちの)集まり「青年部」にも参加した。ここでも別の茶会があり、それだけなら楽しいが、年一度開かれる「全国大会」に参加すれば、参加費が2日間で20000円以上。「全国大会」はたいてい地方で開かれるので、そこまでの交通費と宿泊費も自己負担となる。
これは地方都市(私はかつて一時期新潟に住んでいた)の相場なので、東京では倍近くになることもある。

書いていくときりがないが、これほどの出費をする必要があるのか、その出費が納得のいくものなのかどうか、当時はいつも頭を悩ませていた。茶の湯が好きでありながら、金銭にかかわる面倒さが嫌になって稽古をやめてしまった人も何人も知っている。
そして上に書いたようなことは、果たして何かに似ていないだろうか、と思うのである。(後編に続く)
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# by kalookekai | 2009-09-06 19:26
メリー・モナークへの道(後編)
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ことの発端はこうだった。
めずらしく職場に女房から電話がかかってきた。何事かと問うと
「Mさん(女房のフラ・シスター)にメリー・モナークのチケット譲ってもらったんだけど、行かない?」
当時まだフラのことにそれほど詳しくなかった私にも、それがどれほど貴重なチャンスなのかは理解できた。
行きます。もちろん、行きますとも。
仕事が終わるのが5時、それから車を飛ばしていけば開演の6時には間に合わないものの、それほど遅くない時間に到着できるだろう。そういう訳で前回のサドルロード越えとなった訳だ。チケットを譲っていただいたのは2日目だったので、フラ・カヒコからの観覧(1日目はミス・アロハ・フラ)となった。

会場に着いたわれわれはさっそく中へ。演技中のため、曲が終わるまで通路で待たされる。曲が終わるとスタンドに入り、座席へ向かった。会場は半屋外(屋根はかかっているが壁は閉じてない)のせいか開放感があり、ほどよくのびやかな雰囲気がただよっている。われわれの席は舞台に向かって右手のスタンドの最上段で、会場が大きくないため舞台も遠くなく、見下ろす感じで舞台全体がよく見えた。
まわりを見ると、家族連れや恋人同士?などいろんな人がいる。ちょっと素敵なドレスを着たり、レイをつけたりしておめかししている人もいれば、Tシャツ姿で気楽に観覧している人もいる。全体に感じられるのは、なんとなくうきうきするような、ざわついた雰囲気だ。まさにフェスティバル=お祭りなのだ。

われわれもこのお祭り気分をおおいに楽しんだ。
派手なアナウンスで紹介されて次々に目の前で披露されるフラを見ながらわれわれがしたこと。(決してすすめられる観覧方法でないことをあらかじめお断りしておきます)

1. 双眼鏡で眺めて自分の好きな踊り手を探す(これは私)。
これはと思うダンサーを見つけたら、ひたすらそのダンサーの一挙手一投足を追って踊りを堪能。
もちろんときどき全体も見ますけど。
2. 衣装やレイを勝手に評論。
「あのレイ素敵だね」「材料は何だろう?」とか。
「あのふんどしおしめみたいじゃない?」とか。
「この衣装かわいい!着てみたい」「姫ドレス(ホロクーと呼ばれる王朝風ドレスの、我が家での通称。やや否定的な意味あいで使用)やっぱり嫌だなあ。もっとすっきりしたムウムウのほうがいいのに」などと無知をいいことに言いたい放題。
3. 審査員席の有名人を観察。
舞台前にしつらえられた審査員席がわれわれの席からよく見えた。
「あ、フランク・ヒューエットさんがいるよ!隣はヴィッキー・ホールト・タカミネさんじゃないの」
「フランクさん、席を立って舞台正面からじっと見てるよ。何をチェックしてるんだろうねえ」

ほかにも、ふと振り返ってスタンド下の通路を見下ろすと、出番を待つダンサーたちがレイを身につけながら準備をしていたり(そんなところでやっているのがハワイらしい)、男性ダンサーが腰をくねらせるたびに必ず会場から起こる黄色い歓声に笑ったり、飽きたら階下に降りて土産物屋をのぞいたり、4時間を超える長丁場があっという間に思えるくらい、楽しい時間を過ごすことができたのだった。

そんなふうにして3日目のフラ・アウアナも存分に楽しみ、われわれのメリー・モナーク観覧の旅は終わった。いや、実際に旅が終わるまでには疲労や睡魔と戦いながらの深夜の帰り道のドライブという、つらい試練があったのだが、それとていまとなってはこの素晴らしい思い出を縁取る、よきエピソードとなっているのである。

Mさん、ほんとうにありがとうございました。
夫婦ともども、心から感謝しています。

[data]
われわれが見たのは2006年の第43回Merrie Monarch Festival。
ハワイ島ヒロのEdith Kanaka’ole Multi-Purpose Tennis Stadiumにて4月20日から22日までの3日間開催。
上の写真は女房撮影です。(前編のチケットの写真も)

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# by kalookekai | 2009-08-16 21:32
わたしの好きなフラ
あなたはどんなフラが好きかと問われれば、私はすぐに何人かの特定の踊り手のフラを思い浮かべる。

ハワイで女房と同じハーラウだったIさんのフラ、たった一度だけ見た女房のクムのフラ、夏休みで遊びにきていたハワイの職場の同僚の娘さん(大学生)が見せてくれたフラ、日本で見たレイメーキングスクールのスタッフMさんのフラ。どれも素晴らしいものだった。ほかにも例えばたまたまイベントで見かけた群舞であっても、その中に好きな踊り手がいればその姿は確かに記憶に残っていて、そのときの感動や興奮とともに、彼女の踊りを鮮明に思い出すことができる。

男性のフラも同じだ。はじめて男性フラがかっこいいと思ったのは、ワイキキビーチで開かれていたイベントで踊っていたダンサーを見たとき。ダンサーはふたりいたが、そのうちのひとりだけが目立って魅力的に見えた。ほかにはメリー・モナーク・フェスティバルで見た、Academy of Hawaiian Artsの長髪のダンサー。テクニックもさることながら、心から踊ることを楽しんでいる様子が伝わってきて目がくぎ付けになった。彼はこの春に見た日本公演にも出演していたが、すぐにあのときのダンサーだとわかった。
あまりにも有名だが、フランク・ヒューエットさんのフラも大好きだ。彼が動くと、ほんとうに光が射してきたり、風が吹いたりするのが見えるような気がする。

これらのフラは、じつは似通ったものではない。むしろ、繊細さや奥ゆかしさ、あるいは可愛らしさ、色気、陽気さなど、その人がもつ個性が色濃くあらわれたフラだ。その人でなければ踊れないフラ、そんなフラをいちど目にしたら決して記憶から離れなくなってしまう。

だから私は、群舞での表現というものにあまり興味がない。とくに振りを合わせることに注力しすぎるような傾向は、コンペティションという制度が生み出した弊害だと思う。古来、神に捧げる目的で踊られるフラにおいて振りがぴったり合っていたとして、それにどれほどの意味があるだろうか。仮に「一糸乱れぬ」というような状態がもとめられたとしても、それはもっと精神的な意味あいにおいてであっただろうと思うのだ。そもそも、ぴったり揃った群舞なんて、観客を前提としたショーの価値観ではないか。
例えば、ハワイで女房が属していたハーラウは、観客の前でヘイアウ(神殿)に踊りを捧げるようなこともしていたが、女房によれば、クムから振りを合わせるように言われたことなどなかったという。まことにおおらかでもあり、また、表面的な整合より皆で神に祈るという精神的な一体感のほうが重視されていたのだと思う。

少々脱線したが、フラ初心者の私も、いつか自分の理想とする踊り手に近づきたいと願っている。すなわち、自分らしい踊りでひとの心を動かせるような、そんな踊り手になれるよう、日々努力している(あまりたくさんはしていませんが)訳なのだ。そしてそんなフラをめざす人が増えればいいなと、心ひそかに願っている。行儀のよいチームプレーより、個性的な踊りの撩乱が見たいのである。
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# by kalookekai | 2009-08-15 20:00
最近のお気にいり
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最近のお気にいり。それは雑誌「フラレア」に連載中のハワイのクムフラインタビュー。
毎号違うクムフラに会い、インタビューをするというそれだけの企画だが、それぞれのクムが語る言葉のひとつひとつに説得力があり、いろいろなことに気づかせてくれるのだ。
当初「日本のフラ雑誌なんてたいしたことが書かれてないんだろう」と正直なところかなり見下していた私だったが、読みもしないで批判するのもよくないと試しに買ってみたところ、この連載記事に出会ったのだった。

いろんなクムの言葉を読んでいて感じるのは、フラはひとつではない、ということ。
クムそれぞれに大切にしていることがあり、それに対するアプローチのしかたはみな違う。基礎を大切なものと考えて多くの時間をそれにかけるクムもいれば、曲のもつ微妙な感情の読みとりを重視するクムもいる。チャントの重要さを語るクムもいれば、コミカルなものもフラの大切な一部だと教えてくれるクムもいる。それでも彼らの言葉に通底する何かを感じるのは、彼らがみな「フラとは何か」を考えつづけている、そう思える姿が共通しているからだろうか。日々フラを教え伝えていくためには、みずからのフラに対する解釈を明らかにしておくことが必要とされるだろう。ほかのあらゆる伝統的なものと同じようにフラもまた時代とともにあり、自分の先生が言った言葉や教えをそのまま伝えていくだけではいずれ力を失ってしまう。伝統の継承も、新しいものへの挑戦も、過去の蓄積の探求とその理解、解釈のうえにしか成り立たないと思う。

そんなインタビューのひとつにあったチャールズ・カウプの次の言葉は、私がチャントを始めようと決意するきっかけになった。
「もし、チャンターがいなければ、フラは存在しない。まず、チャントありきなのだ。踊りがあって、チャントがつけられたわけではない。それを、よく理解してほしい。ハワイでは、まずチャントがあって、それを踊りで表すためにフラが生まれたんだ」
みなさんも、きっとじぶんに力を与えてくれるクムの言葉に出会えると思いますよ。

そういう訳でおすすめのこの「フラレア」クムインタビュー。それを読みたいがためにせっせとバックナンバーの収集にはげんでいるのです。

[data]
フラレア HULA Le'a
季刊。2000年7月第1号発行、現在第37号。
発行:文踊社
文中のチャールズ・カウプのインタビューは第25号に掲載。

現在日本で発行されている主要なフラの雑誌は私の知るかぎり3種。
「フラレア」のほか「素敵なフラスタイル」(イカロス出版)と「HULA HEAVEN!」(フォーシーズンズプレス)。「素敵なフラスタイル」連載中の記事「熱きオトコたちのフラ」(毎号いろんなカネフラのチームを訪ねる企画)にも注目中!

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# by kalookekai | 2009-08-15 00:07
緊張と弛緩のあと(その2)ー気づき
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(前回からのつづき)
当日は会場に着くとリハーサルもなしにまず昼のランチショーに出演。
できたばかりのお揃いのアロハに着替えて出番を待っていると、H先生に呼ばれる。何かと思って行ってみると、今回のためにカウアイ島から来ている男性4人のチームKaleo Clubの舞台が始まるところで、客席の後ろからこっそりと見せてもらえた。最初のチャント(Kunihi Ka Mauna I Ka La‘I Eではじまる有名な入室のチャント)を聞いたとたん、私のテンションは急激にアップ!やっぱりチャントはいいなあ。そのあとのカナロア神のことをうたったらしいカヒコの踊りも見て、くよくよしていた気持ちは完全に吹き飛んでしまった。フラが好き、それだけでオーケー。H先生、ありがとうございました。

そして臨んだランチショーの舞台。曲はHula O Makee。練習では全員が位置についてから音楽開始、だったのに、最初のひとりが舞台袖から踏み出した瞬間にバンドの前奏が開始。そのせいで皆どこから踊り始めていいかわからなくなってしまい、踊りだしがバラバラに。生バンドだから予想もしないことが起こるのですね。まわりが全員違う踊りをしているので(ほんとひどい状態でした)、みんなどこに合わせていいかわからなくなってしまい、舞台袖で大声で指示しようとしたたマキコ先生の叫びもむなしく、一番はまったく合わないまま終わってしまった。救いだったのは、お客さんがむしろこの出来の悪さを楽しんでくださる寛大な方々だったことで、未熟なわれわれを手拍子で元気づけてくださったのでした。ああ、よかった。
しかしそんな状態でも、とにかく舞台で踊るのはとっても楽しかった。フラってやっぱりいいなあ。

メインイベントのディナーショーまでのあいだにもうひと舞台こなし、今度はちゃんとリハーサルもやって出のタイミングを確認し、ホテルのブッフェ料理をいただきながらカウアイ島のメンバーと交流などしているうちにいよいよ本番がやってきた。リハーサルもやったし、さっきの舞台もうまく踊れて自信もついたし、料理も美味しくてリラックスしたし、このままうまくいきそうな感じで臨んだのだったが…、ことはそんなに簡単ではなかったのだった。
一曲目、今日始めて踊るチャントのフラNo Ka Moku Kiakahi Ke Aloha。一番を2回、二番を2回踊って前後の列が入れ替わるところ、あせった私はなんと二番を1回踊ったところで後ろに向かって歩きはじめてしまった。あ、間違えた!と思ったときはすでに遅く、あきらかにみんなと違う動きは誰が見ても間違ったのがわかる状態。瞬間いろんな思いが頭に渦巻くものの、どうしようもなくまた回れ右して前列に戻るしかなかった。ああ、やってしまったあ!しかも今日一番だいじな舞台、さらに笑顔でごまかしようもないカヒコで!悪いことに、私の間違いに動揺したのか、後半のみんなの踊りが微妙にちぐはぐになってしまった。チームのみんな、ごめんなさい!
踊り終わり、落胆の気持ちで袖に引き上げた私。とりあえずみんなに謝ってみるが、みなあまり反応なし。というのも、すぐに着替えて次のHula O Makeeに備えねばならないからだ。一方そんな大失敗をしてしまった私であったが、自分でも意外なことに次の曲を楽しもうという気持ちになっていた。「やってしまったものは仕方がない。みんなにはあとで謝るとして、この気持ちをひきずって次の曲がうまく踊れないようではなおさら迷惑をかけることになるし」
結果Hula O Makeeは私も含め誰ひとり大きな間違いをせず、うまく踊れたのだった。お客さんからもあたたかい拍手をいただいた。

さて、こんなふうにして長い一日が終了。最後は参加者やスタッフみんなで打ち上げをしてお互いの労をねぎらった(もちろん私はメンバーに再度ごめんなさいを言いました)のだったが、思い返すと、あの大失敗をしたことでこそよくわかったことがあった。例えば、主催者招待でいらしていたある落語の師匠は舞台のあと「きみが一番楽しそうに踊ってたねえ!よかったよ」と元気づけてくださった。「プロの人も間違えてたよ。さすがにわからないように直してたけどね!」とにやりとしながらおっしゃってもいた。ほかにも何人かの方(もちろんチームのメンバーも含め)から、慰めやはげましの言葉をいただいた。ほんとうにありがたかった。そして、こんなふうに思ってくださる方がいらっしゃることがわかったことが、きょうのいちばんの収穫だったのではないかと心の中でひそかに思ったのだった。じぶんも他人に対して、いつもそういう気持ちで接することができるようにしたい。それがきっとフラのあるべき姿に叶うものであろうと思ったのだった。

写真はKaleo Clubのメンバーからもらったティのレイ。
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# by kalookekai | 2009-08-13 20:53
緊張と弛緩のあと(その1)ー悩み
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緊張と集中のあとには弛緩がやってくる。いや、正確に言うと茫然自失に近いのだが。

何を言っているのかというと、10日前にこの夏最初の舞台が終わったのです。そのあと更新が滞っていたのは、この茫然自失のせいなのです。まあ、言い訳ですけど。
とにかく去る8月2日日曜日、横浜の某ホテルで行われたイベントに出演しました。じつは私にとって初めての、公の場での舞台です。

Yくんはホッケーの試合で長野へ遠征中、最年少Rくんは始めて間がなく練習不足ということで、残りの8名が今回の出演メンバー。
本番前はマキコ先生もこのままではまずいと思ったのか、いつになく密度の高い練習スケジュールをこなした。本番の前の週はいつもの練習のあと昼食をはさんで午後も練習、途中新宿御苑のスタジオに移動して、大先生であるH先生にも稽古をつけてもらった。さらに本番前日にも集まって臨時の練習。ふだんはやらないが舞台では必須のフォーメーションを練習した。
本番が近づいてくると、みんな次第にぴりぴりとしはじめる。
「その立ち位置違うんじゃないの」
「そっちがずれたほうがいいと思うけど?」
こんなやりとりが繰り返される。なんかいつもと雰囲気が違う…。

こんなふうにして迎えた当日の朝、スタジオで軽く練習してから会場へ移動したのだが、私は前夜からどうも気分が落ち込み気味だった。緊張していたといえばそれまでなのだが、原因のひとつは前日の練習にあった。何度も繰り返しやったフォーメーションの練習でどうしても移動のタイミングを間違えてしまう。かろうじて最後の一回にやっとあわせたが、不安の残る出来だった。マキコ先生もこころなしか心配そう。そんな訳で前夜は
「フォーメーションなんて間違ってもたいしたことはないさ。そもそもフラの本質とはまったく関係ないし。だいたいカルチャーでそこまでやる必要があるのか」
「いや、そうはいっても間違えば一生懸命やっているチームのみんなに迷惑をかけることになる。しかもいまこのタイミングでフォーメーションに意味はないなどと言い訳するのは卑怯だろう」
こんな思いが頭の中に渦巻いて、どうにも落ち着かない気持ちで当日を迎えることになってしまった。
そういう訳で朝の練習でもテンションが上がらなかった私であったが、本番は否応なく迫ってくる。
いったいこんな状態でまともに踊れるのだろうか。(つづく)
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# by kalookekai | 2009-08-13 08:34
ひとまず終わり
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カヴェナ先生のチャンティング・レッスンももう3回め。

カヴェナはハワイ帰りで真っ黒に日焼け。急にウクレレをとり出すと「10日前につくったばかりなんだけど、聞いてくれる?」と、自作の歌を歌いだした。ガーディニアの花を歌ったのと、浜辺の貝殻を歌ったのの2曲で、どちらもやさしい旋律の美しい歌。同時に、歌をつくったときの気持ち、花や貝殻をどんなふうに感じたかを話してくれた。そんな話を聞いていると、歌をつくることはこのひとの生活のなかに完全にとけこんでいるのだなあと思う。チャンティングをしたり、フラを踊ったりすることもたぶん同じなんだろう。
今日はいよいよ、ひとりひとりが皆の前でチャントを披露。課題はフラの神ラカに捧げるチャントNoho Ana Laka I Ka Uluwehiwehiだ。カヴェナがハワイからわざわざもって帰ってきたというティの葉を一枚渡され(ラカをイメージしやすくするためのものかと想像)、そのティの葉を捧げもちながらチャントを唱える。
皆それぞれ、暗記しているひともいればそうでない人もいるし、声の大きい人もいれば小さな人もいる。自信のない人は、言えばカヴェナが一緒に唱えてくれる。私もティの葉をもち、おそるおそる唱えてみた。毎晩会社の帰り道と風呂場で練習したので暗記は完璧。できるだけお腹から声を出すようにしてみたがどうだったか。まあ出来はともかく、大きな声でチャントを唱えるのは気分がいい。
そんなことで今日のレッスンもあっという間に終わり、これでカヴェナのチャンティングクラスは終わりとなってしまった。たった3回だったけれど得るものは多かった。何よりチャントが身近に感じられるようになったし、ほかの生徒さんとも仲よくなった。始める前は迷ったけれど、おもいきってやってみてよかったです。カヴェナ先生、ありがとうございました。

じつはひき続き次回の講座を受けようと思ったのですが、定員締切りで受講できませんでした。カヴェナのクラスはなかなか人気のようです。また機会があれば受けてみたいと思うので、そのときまでお楽しみに。それまでは自習にはげみます。

写真は生徒さんのひとりがイプ(ひょうたんから作る打楽器)にもらったカヴェナのサイン。アーティスティックです。
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# by kalookekai | 2009-07-30 00:56
メリー・モナークへの道(前編)
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コナの街から海沿いを北上する通称クイーンK(クイーン・カアフマヌ・ハイウェイ)。そのハイウェイを右折し、ワイコロア・ビレッジに入る。そのままワイコロア・ビレッジを通り過ぎ、しばらく走れば山側を走るママラホア・ハイウェイとの合流だ。ここで左、すなわちワイメア方面へ曲がってほんの2、3分も走ればサドル・ロードへの分岐が見えてくる。日はそろそろ傾きはじめ、ハンドルを握る手に若干緊張の力が入る。

通常、コナサイド(ビッグ・アイランドの西海岸)から東海岸の街ヒロへ行くのにサドル・ロードを使うことはまれだ。ワイメアから島の北部の海沿いを走る19号をのんびり2時間も走れば、東海岸の主要都市ヒロに到着できるからだ。それはそんなに長いドライブではない。しかし今日は事情が違う。われわれは少しでも早くヒロに着きたいのだ。だからカーブが多く、起伏のはげしい片側一車線のサドル・ロードを走る。これが最短のルートだからだ。
サドル・ロードに入ると道が急に悪くなる。アスファルト舗装の路肩部分があちこちひび割れて崩れている。舗装に穴が開いているところも目立つ。できるだけ踏まないように走るが、ときどきタイヤをとられてチェロキーの車体が大きく揺れる。サドル・ロードの途中には米軍基地があり、舗装が悪いのは重量の大きい軍用車両が通行するためだろう。もともと路盤工事がしっかりしていないところに重量物が通って舗装を壊してしまうのだ。
通る車の数はさほど多くない。他の車を見ないで走る時間も結構あるくらいだが、出会う車はみな一様にとばしている。道をよく知ったロコの人間しか通っていないのだろう。われわれもそれにつられるように時速100マイルで米軍基地の前の直線を走るが、気をつけていないと急に現れるカーブで慌ててブレーキを踏むはめになる。
サドル・ロードのちょうど中間地点、ビッグ・アイランドの最高峰マウナ・ケアの山頂に至るマウナ・ケア・ロードとの分岐にさしかかる頃には、日はすっかり暮れてしまっていた。このあたりは昼間見ても荒涼とした風景、夜はあかりもほとんどなく(天体観測の邪魔になるという理由で街灯もろくに取り付けられていない)、ひどく寂しい空気におおわれている。米軍基地を過ぎた頃から少し霧が出てきていて、よけいに閉塞感を覚える。
しかしそれでもスピードを緩めずに走れば、やがて道は下りにさしかかる。この長い下りの道を降りきればそこはもうヒロの街だ。サドル・ロードはヒロ側では比較的整備が進んでいて、舗装もきれいで白線もま新しく、いままでの緊張が緩んで少し気持ちが楽になる。ここまでくれば道程はあとわずかだ。一気に坂を下り、そのままヒロの市街へと突入する。地図を見ながら車の数が多くなった市街地の道路を通り抜け、われわれは無事目的地であるイーディス・カナカオレ・スタジアムに到着することができた。

駐車場に車を停め、少し緊張しながら会場へ向かう。競技はもう始まっているはずだ。チケットを手に会場入り口へ進もうとしたそのとき、男性ふたりに両脇をかかえられた小柄な老人が突然姿を現した。思わず足を止めて注視してしまったのは、その老人の真っ白なスーツに白い靴、頭にはハット、首に大量のレイといういでたちが、一種異様ともいえる独特なオーラをかもし出していたからだ。
その老人こそがメーリーモナーク・フェスティバルを始めたその人、アンクル・ジョージ・ナオペであることをわれわれ夫婦が知ったのは、さらに後になってからであった。(後編につづく)
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# by kalookekai | 2009-07-25 23:22
虹の彼方に
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昨日の夕刻、突然空にかかった大きな虹。

虹を見るとハワイを思い出す。虹のイメージはハワイのイメージとどこかつながっているように感じる。じっさいにハワイでは、例えば車でハイウェイを走っているときなどに虹にであうことが多いのです。ハワイ=虹のイメージはどうやら多くの人に共通しているようで、ご存知のかたもいらっしゃるとおり、ハワイ州の車両がつけるナンバープレートには虹の図柄がえがかれていますが、それもそのイメージが広くいきわたっていることのあらわれなのでしょう。

さて、ハワイ、虹とくれば思い起こされるのは、イズラエル・カマカヴィヴォオレがかの名曲をウクレレ伴奏で歌った「オーヴァー・ザ・レインボウ」ですね(このあたりからごく個人的な連想です)。そしてこの曲が特別な感情を起こさせるのには訳があります(あくまで私にとって、ですが)。
みなさんは「50 FIRST DATES(邦題:50回目のファースト・キス)」という映画をご存知でしょうか。ハワイが舞台、アダム・サンドラーとドリュー・バリモア主演のくだらなくも素敵なロマンティック・コメディです。決して最上級の映画とはいえませんが、そのおおざっぱさも含め、ハワイという土地の気分をとてもよくえがいた佳作だとおもいます。その映画の最後のシーン、アラスカの海をバックに流れる彼の歌声は、主役のふたりが紆余曲折の恋の末に得たものを象徴して美しく、年甲斐もなく切ない気もちにさせられたのでした。
それ以来、この曲を聞くたびに切ない気もちがよみがえってくる訳ですが、女房に言わせれば、この曲は「50 FIRST DATES」のそれではなく、ドラマ「ER」のグリーン先生のテーマ曲なんだそうです。そして「そっちのほうがもっと泣ける」と申しております。


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Israel Kamakawiwo'oleが歌うOver the RainbowはアルバムKa 'Ano'i(1990年)ほかに所収。
50回目のファースト・キス
50 First Dates
2004年、ピーター・シーガル監督。

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# by kalookekai | 2009-07-20 14:38
先生、ありがとう
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もう先月のことになりましたが、UMAHANAレイメイキングスクールに入学して一年がたち、ついにベーシッククラスが終了しました!
前回書いたようにいろいろな手法や花材と格闘しつつ、さらには家で自主練習もしながらの一年でしたが、はたして上達したのやら。まだまだ道は長いようです。先生の教えを胸に、今月から始まるアドバンスクラスもがんばっていきたいと思います。
さて、最後の日のレッスンが終わった後、UMAHANA先生から思わぬ贈り物がありました。サイン入り修了証と先生みずからつくってくださったティのレイをいただいたのです。そんなものをいただけるとは思ってもみなかったので、とても感激しました。(上の写真がそれ。レイは日がたって色が変わってしまっていますが…)
じつは、私と女房、先生に感謝の気持ちをあらわそうと前日にレイをつくって準備していました。私はティとアイビー、ブルーベリーの青い実と白のデンファレのレイ、女房はいい香りのするガーディニアとティのレイ。先生にレイをいただいたあと、われわれからもレイをプレゼントしましたが、果たして先生は喜んでくださったでしょうか。先生、気持ちですから出来の悪いところは大目にみてくださいね。


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# by kalookekai | 2009-07-12 16:57
母の愛
目に焼きついて、忘れられないフラがいくつかある。

去年見に行った、フランク・ヒューエットさんのコンサート「Ka Hula」。その司会はキャシー中島さんでした。「Ka Hula」はコンサートとはいっても、いろいろなミュージシャンやダンサーが歌とフラを披露するショーのようなもので、ダンサーであるキャシーさんの次女の雅奈恵さんも出演していました。
その雅奈恵さんがステージでフラを踊っているときに突然おこった出来事。なんとお母さんのキャシーさんがステージに出てきて、一緒にフラを踊りだしたのです。雅奈恵さんは知らされていなかったのか、少々驚いた様子でしたが、キャシーさんはあまり気にせず踊りつづけます。いかにも優雅な雅奈恵さんのフラにくらべて、キャシーさんのフラはずいぶん素人っぽいものでしたが(それはハワイのアンティが気軽な集まりで披露するフラのようでした)、その楽しそうな表情がこのうえなく、娘と踊れてうれしいという気持ちが全身で表現されていて、とてもこころ打たれたのでした。この人は本当に娘さんのことが好きなんだなあということが、彼女のフラからは伝わってきて、私にとって忘れられないフラの記憶になりました。私もこんなふうに踊れるようになれたらいいなと思ったのでした。

キャシーさんの長女、七奈美さんの訃報が伝えられました。キャシーさんがどれほど娘さんのことを愛していたかは想像に難くありません。キャシーさんが少しでも早く元気になられることと、七奈美さんのご冥福をお祈りします。
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# by kalookekai | 2009-07-12 15:17
どう考え、どうつくるのか
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UMAHANAレイメイキングクラスでは、この一年間でいろいろなレイのつくり方を教わったが、それにもましてよかったのはUMAHANA先生のレイに対する思いを知ったことだった。
たとえば日本で手に入る花を使うこと。レイがもともとハワイのものだからといってハワイでレイに使うような植物を使うのではなく、その土地の植物でレイをつくることを大事にするという考えだ。先生の師であるマリー・マクドナルドさんの教えでもあるらしい。この考えかたにはとても共感できる。ハワイではみな、庭に育っているティの葉や道端の花を使ってごく自然にレイをつくっていた。日本には日本の花が咲いているのだから、それを使うのがレイ本来のあり方に沿っていると思う。いまはおもに市場で買ってきた花を使っているが、先生はレイの材料となる植物をじぶんで育てるプロジェクトも始動させつつあるという。マリー・マクドナルドさんはハワイ島に自分の手でいちからつくりあげた広大な庭をもっていて、そこには数えきれないくらい多種多様な植物が世界中から集められ、マリーさんの手で育っている。日本でもそんなことが実現するといいなと思う。

材料となる植物を大切にすることも、いつも先生がいうことだ。ハワイにいると「自然の恵み」という言葉が本当に実感できる。プルメリアの花は驚くほどのスピードで日々つぎつぎと新しい花を咲かせ、誰かがレイをつくるために花を摘んでも、次の日にはもうじゅうぶんな数の花を用意している。それはあきらかにハワイの太陽と水、植物そのもののもつ力で、そんな様子を見ていると、ふだんは信心深くもなんともないわたしにも、自然にありがたいという気持ちが湧いてきたものだった。日本ではハワイのようには植物は育たないが、それだからこそなおさら、レイの材料となる花や草木とそれらを育てた自然には敬意を払わなければと思うのである。それと、市場で買った花なら農家の人の手間にも感謝しないといけませんよね。

写真は昨年冬につくったタマシダとスイートピー、スプレーマム、千日紅、カスミソウのハク・レイ。
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# by kalookekai | 2009-07-05 18:37
UMAHANAの一年
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レイメイキングクラスのことを書かないうちに、一年間のベーシック課程が終わってしまいました。修了の日の様子はまた別の機会に書くとして、今回はこの一年間のことを。
最初の日、JR五反田駅からほど近いビルの一室にあるアトリエに集まっていたのはわれわれ夫婦も含め10人ほどの生徒さんたち。指導してくれるUMAHANA先生は短い髪にTシャツ姿で少し照れたように話す、こういっては何だがおよそ先生らしい感じのしない青年だった。UMAHANA先生のレイメイキングクラスは始まってまだ半年、われわれが2期生なので先生もまだ慣れていなかったのかもしれない。けれど先生の指導はとても丁寧でこと細かく、真摯な印象で、われわれ夫婦はいっぺんで先生のことが好きになったのでした。

レイのつくりかたにはいくつかの手法があり、クラスでは一年間、12回をかけておもな3つの手法でのレイメイキングを教わった。

ひとつめはクイkuiという手法。レイメイキング用の長い針(レイニードル)を使って、花を糸に通していくもっともシンプルなやりかた。
ふたつめはハクhaku。シダを三つ編みにしながら、そのあいだに花を編み込んでいく方法。ハクにはシダの代わりにティTiというハワイではとてもポピュラーな植物の葉を使うやりかたも教わった。
みっつめはウィリwili。植物(おもにヤシ)をひも状に裂いて乾燥させたもの(ラフィア)を巻きつけて、花やシダを固定していく方法。わたしがハワイで最初に習ったのはこのやりかただった。

材料となる花や葉は先生が毎回用意してくれ、季節が移れば花の種類も変わっていく。同じ手法でも花が違えばつくりかたが微妙に異なり、教室では毎回花との格闘である。けれど先生は決して急がせないし、ひとりひとりのつくっているのを見ながら的確に、ときには自分の経験談をまじえながらどうしたらよりうまくできるかを教えてくれる。そして何より、生きた花を扱っていることからくる、なにか気持ちが安らぐ感じがあって、クラスはいつも和気あいあいとしているのです。
一年はあっという間だったけれど、とてもいい経験ができました。
写真は二度目のクラスでつくったデンファレのクイ・レイ。

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UMAHANA大谷幸生先生とレイメイキングスクールのサイト
http://www.umahana.com/index.html

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# by kalookekai | 2009-07-05 18:23
一年の成果
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フラのレッスン。
日曜の朝10時半にはじまり、お昼前までがレッスンの時間。休日の朝に体を動かすのはなかなかに気持ちがいいし、朝だらだらしないと一日が長く使えていいものだ。
今日はTさん、調子が悪かったらしく、思うように体が動かず振りを何度も間違える。それを前にいるMさんにつられて間違えたのだと言い張るTさんに、温厚なMさんが「俺そんなに間違えてないよ」と真顔でおこっていて可笑しかった。

さて、気がつけばこのクラスに入ってから今日でちょうど一年が過ぎた。
そんな今日はここしばらく練習してきた曲Ke Anu O Waimeaの最後の部分を習い、ちょうど一曲が仕上がった。最初に習ったHula O Makee、つぎにやったNo Ka Moku Kiakahi Ke Alohaと、これでレパートリーが3曲になった訳だ。一年で3曲。ちょっと少なめな気もするが、おじさんは覚えが悪いのであまり次々とはレパートリーが増やせないのだ。それより始めたばかりの頃、ステップひとつ覚えるのにもえらく苦労したことから思えばずいぶんな進歩である。最初はその日習ったことをクラスのあとでノートに書きとめようとしても、思い出せなくてたいへんだったものなあ。いまは蕎麦屋で昼食が出てくるのを待っているあいだにおおよそ書いてしまえるくらいに成長しましたよ。
幸いだったのはこの「フラノート」(振りなどをメモしておくあれ、みなさんは何て呼んでらっしゃいますか?)、私の場合は女房がフラをやっていたので目にしたことがあったのと、当時はまだレッスンにきていたHさんが日舞の踊り手らしくすばらしい描写力のノートを参考にと見せてくださったので、あまり試行錯誤せずにじぶんなりのものをつくることができました。
先生は歌詞の意味を口頭で説明してくれはしても、ハワイ語の歌詞を教えてくれる訳ではないので、歌詞は手持ちの本やウェブサイトで調べて書きとめ、辞書で意味を調べた結果もこのノートに記録してあります。いわば勉強したことのすべてが詰まった、とても大切なものという訳ですね。
これからも練習を積んで、もっとページが埋まるといいなあ。がんばりたいです。
次回はKe Anu O Waimeaのことを。
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# by kalookekai | 2009-06-28 18:03